先日第一回Neuromatch Academyが終了しました。コロナウイルス騒動の中で今までのようなサマースクールが実施不可能と見たサマースクールの運営者たち、神経科学界の実力者たちが集まって作り上げたのがこのオンラインサマースクール、Neuromatch Academyです。ここではNeuromatch Academyの内容、仕組みと筆者のInteractive trackの生徒として参加した感想や体験談などを紹介します。
一体Neuromatch Academyは誰向けなのか
神経科学に興味のあるあらゆるレベルの人が対象
Computational Neuroscienceのオンラインスクールということが公式サイトにも書いてありますが、具体的には誰に向けてのものなのかというのが気になるところだと思います。公式サイトの謳い文句と参加者、講義内容のレベルを鑑みて私が独断で対象の例を挙げてみるなら、
- Wetの研究に従事しているけど理論の研究とかより高度なデータ解析とかに手を出してみたい大学院生
- 神経科学に興味があってそっち系の研究室に入ってみたいと思っている理数系の学部生
- 理論とかはるか昔にやったのでうろ覚えで、最新の研究手法からはちょっと遠ざかっているポスドク
- 神経科学が専門じゃないけど依頼された通りにプログラミングをこなしていて、もうちょっと自分から色々提案してみたテクニシャン
辺りではないでしょうか。そうです、ほぼ誰でもです。ちなみに全員実際にいた人です。逆に自分は理論系神経科学に多少自信があるよという人はTAとして参加することもあり得ます。給料も出ますし、Lead TAなるTAのボスからその日の指示やイントロがあるようなので、ネットワーキングやCV的な意味からしても参加して損はないでしょう。
すでに自身の研究室を持っているという人でも分野的に素人であれば生徒としても参加できますし、自身が神経科学が専門だというPIの方はメンターとして参加することができます。全4回各30分のミーティングを1つのプロジェクトグループとするだけなのでそこまでの負荷にはならないでしょう。*1 もっと参加したいという人は教材を作ったり、パネルディスカッションの参加者として貢献することもあり得ると思いますが、TAと違い基本的にこれらは無償だと思います。*2
誰でもと言ったけど注意点も
結局のところ神経科学に興味があるか、関わりがある人なら誰でも何かしらの方法で参加することができるわけですが、注意点がないわけではありません。後述しますがNeuromatch AcademyではInteractive trackとObserver trackの二種類があり、後者は教材だけアクセスできるコースで、いわゆるサマースクールとしてのコースは前者になります。この前者のInteractive trackに参加する場合にはいくつかの注意点があります。
- 時間はめちゃくちゃ取られます。3週間これ以外はほぼ何もできないと考えた方がいいでしょう。途中でドロップアウトする人も見受けられました。もちろん本人の前提知識レベルによっては何かと両立することも不可能ではないと思います。*3
- コミュニケーション、教材はほぼ全部英語で、みんな喋れます。私の観測範囲では日常会話、ディスカッションに支障があるレベルの人は居ませんでした。というかそもそも過半数がネイティブでした。ただ、英語は負荷のかかるところに行かなければできるようにはなりません。苦労する覚悟を持って参加することで英語力も伸ばせるいい機会になるでしょう。
- 大学によると思いますが、東大ではセメスターの終わりと第1週がちょっとかぶっていたので特に学部生は注意してスケジュールを組んだ方がいいかもしれません。何日か出れない部分がある程度ならちゃんと追いつけるし、修了証も貰えます。
少々脅す形になりましたが、途中でinteractiveからobserverに変えたりすることできますし、言語に関しても同じ第二言語を使えるTAにマッチングするシステムやチュートリアル動画に字幕が付いているなどの対策もあるのでそこまで心配することはないと思います。
Neuromatch Academyの構成と仕組み
Interactive trackとObserver track
前の節でも触れましたが、Neuromatch AcademyではInteractive trackとObserver trackの2つのtrack、いわゆるコースがあります。Observer trackは教材や講義動画、掲示板などにアクセスできますが、時間的な縛りなどはなく修了証も出ません。Interactive trackでは参加者は各10~15名ほどのPodと呼ばれるグループに振り分けられ、各Podに一名割り当てられるTAと共に原則的にはこのPodmate達とサマースクールのカリキュラムをこなしていくことになります。ちなみにInteractive trackの方は有料ですが、今年の日本からの参加者の負担は6,000円ぐらいでした。*4 ここから先のセクションではInteractive trackの構成についてもう少し詳しく説明します。ちなみに一応はInteractive trackには選抜があることになっていますが、applicationに訳分からんことでも書かない限り誰も落ちていないと思います。*5
1日のスケジュール
全世界的なサマースクールと聞くとまず疑問になるのが時差をどう扱うのかだとと思います。Neuromatch Academyでは3つの大きなタイムゾーンに加え、その3つをさらに3つに分けた合計で9つの別々のタイムゾーンに向けた時間割があります。ただし前述のように拘束時間はいずれにせよ非常に長く、休憩を挟みつつではあるものの、私の参加したスケジュールで言うと朝7時〜夜7時までスケジュールが入っていました。詳しい時間割はNeuromatch Academyのサイトを参照してください。基本的には全員でZoomを繋げながらミニビデオを見てはGoogle Colabを使ってpythonでコーディングエクササイズを繰り返す形です。
大きな3つのタイムゾーン(ヨーロッパ・アジア・アメリカ)という括りでは同じ瞬間にTutorialと呼ばれる実践型の授業やQ&Aセッションなどが行われます。例えば上記の図のようにアジアという大きなタイムゾーングループにいる人たちは同時に授業パートをやって同じQ&Aセッションに参加するわけです。*6 その大きなタイムゾーングループからさらに授業前にプロジェクト関係の時間があるグループ、授業後にあるグループ、前後に少しずつあるグループの3つを分けることで合計で9つの異なる拘束時間帯を作り出しているわけです。大体第一か第二希望の時間割になるようなので深夜に始めて早朝に終わるような時間割になる心配はないと思います。
プロジェクトはさらに小さいグループで
プロジェクトは前述のPodの中からさらに3~5名程度のグループを作って行うことになります。プロジェクト用にカルシウムイメージングやfMRIなどのpublic dataがパッケージングされて提供されるのですが、その中からどのデータセットを使ってどんなプロジェクトをpodの中の誰とやるのかを第1週のプロジェクト用の時間を全部使って決めます。*7 さらにproject proposalを書き上げて提出するとそれを元にメンター、ほとんどの場合どこかの教授か企業の主任研究員、とマッチングします。各グループに一人教授クラスのメンターが付くわけですから参加費の元が取れるどころの騒ぎではありません。第2週から第3週はメンターにアドバイスをもらいながら、あくまで自主的にプロジェクトを進めていきます。
最終日にいくつかのpod合同で発表会がありますが、所詮は実質2週間でのプロジェクトなので結果に重点を置いたものではなく、こんなこと挑戦してみましたこんなことが難しかったですという体験談発表会に近い雰囲気です。運営側も結果を求めているわけではないというメッセージを何度が送ってきていました。それでもポスドクとPhD最終年の集まってる6人グループとかだとよく2週間でそれだけやったなという発表もあったので、まあなんでもありなんじゃないでしょうか。サマースクール後も同じメンバーでプロジェクトを継続するグループもあるようです。
Neuromatch Academyの授業内容
教材は無料公開されてます
何を隠そうNeuromatch Academyで使われた教材は全て全世界に対して無料公開されています。 なんとも太っ腹です。どんなことしてるのか興味がある人は下記のgithubのリンクからアクセスしてみてください。簡単にいうとこの3週間でモデリングとは?から線形システム、Bayes、神経細胞モデル、果てはDeep LearningまでComputational neuroscienceに存在する大きな概念を全部カバーするという勢いです。もちろんこの短期間で全てマスターすることは不可能に近いですが、各セクションに興味があるならこんなの読んだらいいよというほんや論文のリストがあったり、毎日最後にみるOutro lectureでは最先端の研究で今日習った概念がどう使われているかの紹介があるので、3週間終わったあと実際に研究で使うかもという時に戻ってきて復習するのにも適していると思います。Computational Neurosciencの実践性の高い教科書として使えるでしょう。
Tutorialの講義や、Q&Aを担当する人たちはComputational Neurosciecnの第一線で研究をしている世界的な一流研究者たちばかりで、新進気鋭の若手研究者が多い印象です。Q&Aは一流研究者達のその日のトピックに関する議論や生徒側から出た質問への回答など他では中々見れないコンテンツになっています。
内容のレベルは高いけどtutorialは初学者向けに作られている
実践型授業ブロックのことはtutorialと呼ばれていますが、このtutorialはかなり初学者にも分かりやすいように、もしくはなんとなくでも概念が掴みやすいように設計されています。かなり実践的で、そのまま使えるようなpythonの穴埋めコーディングをこなしながら進めていく形になっています。内容のレベル自体は確かに高度になる時が多々ありますが、細かい数式やコードが分からなくても突然迷子になったりはしないようになっています。
線形代数とか一応やったことがあって、pythonでなくともコーディングを少しやったことがある人なら十分に参加して得るものが大きいと思います。
はりねずみ的にまとめると
おわりに
少なくとも来年は開催されることが決まっているNeuromatch Academyですが、時間さえ確保できる人にはぜひ参加をお勧めします。今回は参加者側にも講義者側にも日本人が少なかったので、もう少し増えるといいなという思いでこの記事を書きました。名実ともに世界最大最強の理論系神経科学のサマースクールに、これだけ低いコストで日本から参加できる機会がいつまであるか分からないので早めに参加してみてはどうでしょうか。質問や訂正等はコメント欄にお願いします。
*1:2つのグループのメンターを務めていた人もいたので、余裕があればより多くのグループを引き受けることもできるようです。
*2:自分は生徒側だったのであまり講師側の事情は分かりません。
*3:私のpodのTAは日中は他の仕事をして、深夜帯にTAをやっていました。最後は死にかけてましたが。
*4:TAの給料をここから捻出するようです。各国の物価に合わせて負担額が違います。
*5:自分が知る限り落ちた人いないと思いますが、観測範囲もそんなに広くないのでなんとも。知り合いで申し込んだ人は全員通りました。
*6:逆にいうと大きなタイムゾーングループが違う人たちとはほとんど関わる機会はありません。ディスカッションボードぐらいでしょうか。
*7:今年はデータセットは5つの中から選択できました。