Neurohog Reports

日米英で学校を卒業して、それぞれの大学・研究・テニス・海外生活について記事と漫画にしています。

日本で大学院生になるのは損なのか?【日米大学院生待遇比較/アメリカでは給料400万?】

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アメリカの大学を卒業して日本の大学院に進学する私に、海外の大学院生事情を聞いたことがある人はこう質問するでしょう。「日本の院に行ったら損じゃね?」確かに金銭面の待遇を見てみると日本の大学院生は損に見えますが、実はそう単純な話ではありません。先に断っておくとこれは大学院生になるべきかどうかの記事では無く、日本とアメリカの大学院を比べるという趣旨の記事です。

 

 

 

 

ちなみに

この記事は漫画化しているので、ささっと概要だけ掴みたい人はこちらをどうぞ。

neurohedgehog.hatenablog.com

 

アメリカの博士課程と日本と博士課程は性質が違う

アメリカの博士課程の学生には給料が出る

あまり一般的には知られていないようですが、アメリカのトップ〜中堅大学の博士課程学生は基本的に授業料が免除になる上に、ほぼ全員に月15万円〜30万円程度の給料が支払われます*1 この給与は大学のある都市の物価や、大学のレベルさらに学科によって変動するので、実際に出願する際には大学のウェブサイトを見て確認した方がいいでしょう。例えばレベルも物価も超一流なUniversity of California, San Francisco校やHarvard Universityでは神経科学専攻なら給与は驚きの年間400万円越えです。*2 ちなみに自分でフェローシップを取ってくれば給料がアップしたりします。

 

アメリカでは修士課程と博士課程は別物

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大学院生の待遇を考えるにはまず、日本とアメリカでは教育システムが違うことを理解しなければいけません。博士志望の学生は日本では学部(4年)→ 修士課程(2年)→ 博士課程(3〜4年)と進学するのが一般的ですが、アメリカでは学士が受験資格なので学部(4年)→ 博士課程(5〜7年)が一般的なのです。もちろんアメリカにも修士課程は存在しますが、入学は博士課程と完全に別枠で修士取得後に博士課程に入っても博士課程の長さはほとんど短くなりません。*3 先ほど博士課程には給与が出ると言いましたが、修士課程では給与はなく授業料も高額です。さらに大学の専攻によっては博士のプログラムはあっても修士のプログラムはないなんてこともあります。*4 

 

アメリカの博士課程は狭き門

前述の通り初めから博士を前提としているので入学定員も少なく、私の専門である神経科学ではトップ校なら10〜20名程度が普通です。また個別試験が書類審査後の面接しかない関係上たった十数名の枠に500人近くが出願してくるので、トップ校では例年驚異の合格率5%を記録しています。*5 これに対して日本の大学院は東大でも高くて倍率3倍程度、内部推薦入試というぬるま湯システムまで存在しています。実はアメリカの大学院では学部と同じ大学院に行くことは良くないとされていて、内部生は有利どころか出願禁止のところもあり、熾烈な競争が繰り広げられます。こう言う事情を鑑みると、一口に「アメリカの大学院生は得」というのはあまりに彼らに失礼だと私は思うわけです。

 

TAの業務は日本の比ではない

超名門校では大学の資金が潤沢なので、ほぼ全員が研究をするだけで給料がもらえるResearch Assisstant雇用のみで研究に集中することができます。*6 RA費は所属している教授から払われるもので、給与水準に足りなければTeaching Assisstantとして働く必要があり、ほとんどの大学ではTAをすることになるでしょう*7 このTAは日本のTAと違い、給料が良い分かなりしっかり働かせられます。週三回の授業に毎回出席し、週二回のラボセッションは自分一人で仕切り、採点やオフィスアワーも設置するなど控えめに言って大変です。博士後期の学生になれば、自分一人で授業全体を受け持つこともあります。*8

 

学部や物価を考えるとそれほど得ではない

博士課程の学生に優しいアメリカの大学ですが、忘れてはいけないのは博士課程の学生は皆少し前まで学部生だったということです。アメリカの大学は学部で私立なら年間約500万円、州立でも年間約300万円学費がかかります。*9 博士課程で全員に5年間400万円の給与が出るとだけ言われると確かに凄いシステムですが、実のところ同じぐらいの金額を学部生で払っているのです。

 

またアメリカの主な大学は両海岸にあるわけですが、家賃が高過ぎて一人用のアパートをルームシェアするケースも多くあるのに代表されるように、海岸沿いは結構物価が高いです。サンフランシスコでは最低賃金が約1700円、ニューヨークでも約1500円と、東京の約1000円とは比べ物にならない高さなのです。額面だけ見るとかなりもらっているように見えますが、基本的に副業禁止なのもあって博士課程の学生で裕福そうにしているケースはほとんど見かけません

 

似たような競争を勝ち抜いた者には日本の博士課程でも給与が出る

学振DCや卓越大学院プログラムは学生に給与を出す

日本にも大学院生に給与を出す仕組みは存在します。もっとも有名なのは学振DCと呼ばれるプログラムで、博士課程に在籍する学生を対象に月額20万円を支給する制度です。この学振DCの採用率約20%を入学時の倍率3倍と掛け合わせると、なんということでしょう。5%になります。実際は修士課程では援助がないとか、もっと合格率の高いアメリカの大学院でも給与が出る等色々事情があるのでこの数字に大した意味はありません。しかし競争が勝ち抜ければ給与が出るという本質は日米変わらないということはわかると思います。近年他にもリーディング大学院プログラムや卓越大学院プログラムなど、博士課程進学を前提にしている院生を対象に修士課程から給与を出すシステムが始まっており、これらのプログラムはアメリカの博士課程にかなり寄せて構築されているようです。

 

日本では大学院はお金を払って行くところ

学振DCの要件に所属大学はありませんが、当然採用されるほとんどがトップ校所属の学生です。卓越大学院プログラムにしても、そのほとんどがトップ校に存在していてかつ枠も少なく、恩恵を受けている人は少数です。2020年度からの新修学支援制度では学部の学費援助は強化されましたが、大学院への援助は従来通りとなりました。*10 トップ校に行けなければ、競争に勝つ実績と実力がなければ、依然として日本では大学院はお金を払って行くところなのが現実です。

 

ちょっとした例外

日本には大学院大学と呼ばれる学部を設置していない大学院だけの大学がいくつかあります。*11 これらの大学に設置されている博士一貫課程はアメリカの大学院同様、学部を卒業したところから入学するもので、5年間年額100〜200万円ほどの給与が出ます。ただ一般的知名度が全くと言っていいほど無く、各専攻の募集が2〜6名なので「ちょっとした例外」の域を出ません。*12

 

実力と実績があればどこでも得する

日米の大学院生の待遇を比べる時には「門戸の広い日本」と「エリート選抜のアメリカ」という大学院の性質の違い、もっと厳しい言い方をすれば「日本の修士課程になんとか入れるレベルではアメリカの博士課程は夢のまた夢であること」を考える必要があるのがわかって頂けたら幸いです。ただアメリカの方が博士志望の学生の援助が優れているのは間違いありません。両国の大学院に精通する私に言わせると、アメリカのトップ校に行ける実力と実績がある人は、日本ではアメリカの中堅大学程度の援助が見込まれると考えるといいと思います。

 

さてブログのタイトルに戻りますが、「日本で大学院生になるのは損なのか?」。金銭面でいうと物価を考慮すれば、多少は損と言ったレベルだと思います。違う言い方をすれば博士課程に入れれば得ということでしょうか。しかし当然ですが大学院の要素は学生の援助レベルだけではありません。アメリカの大学院の実情やレベル、出願戦略などは今後の記事の題材にしようと思っているので興味がある方はぜひ読んでみてください。そして出願を考えている方はご自分で複数のソースを調べて、あくまでご自分で日米どちらへ行くべきか判断なさってください。*13

 

あとがき

勘違いしないで欲しいのは、私は何も大学院留学を否定しようというのでないということです。金銭面以外にも数々メリットがありますし、出願に挑戦する分には失うものもありません。*14 なんなら日米併願はおすすめしています。ただ私が言いたかったのはアメリカだからと言って大学院は決して夢のワンダーランドではないということです。皆さんには「アメリカ・欧米」という言葉に踊らされずに、冷静に自分の状況と目的を照らし合わせて進学の判断をして欲しいと思います。

 

実際の細かい出願手順や書類、先輩の体験談等が載っています。アメリカ進学を周りに相談できる人がいない場合はこういう本で基本を知るのもいいと思います。

 

日本の大学に行く気になったという人向けに私自身のアメリカの大学卒業からの院試体験談を置いておきます。

neurohedgehog.hatenablog.com

 

 

 

*1:給料はStipendと呼ばれます。

*2:2018-2019 academic year

*3:同じ大学内なら修士課程から博士課程に編入できる可能性がなくはないですが、やはりあまり一般的な方法ではありません。

*4:UCSFやHarvard Universityの神経科学のプログラムがまさにこのケースですね。

*5:もっとも神経科学は人気分野の一つであり、もっと簡単に入れる専攻もあります。それでも理系専攻はほとんど日本の修士課程よりは高倍率です。

*6:なんならTAはオススメしないと明言する大学もあります。

*7:自分でフェローシップを獲得している場合はTAをやらなくて済む場合もあります。

*8:これは小規模のセミナー系のクラスが多いですが。

*9:州立は州内出身者には約半分から三分の一の学費しか課しません。また私立はFinancial aidが充実していますが、それを計算に入れても平均して年間300万円程度です。ちなみにHarvard UniversityのようなトップクラスにFinancial aidが充実している大学でも約半分の生徒は満額を払っています。

*10:なんでやねん。

*11:OISTや総研大などが挙げられます。

*12:設備とか研究環境良いんですけどね。

*13:大学院の情報は5年も経てば使い物にならないので、なるべく最新の情報を参考にしてください。

*14:受験料は失います。