Neurohog Reports

日米英で学校を卒業して、それぞれの大学・研究・テニス・海外生活について記事と漫画にしています。

日本の研究界の男女格差と女性限定公募を考える・後編【取るべき改善策とは?】

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前編では研究界の男女格差はどこから来ているのか、政府の調査報告書等の数字を見ながら検討しました。研究者の女性の割合が低いのは中学生から教授職まであらゆる段階で様々な理由が複合した結果ということがわかって頂けたのではないでしょうか。後編では格差を埋めるにはどうすればいいのか、女性限定公募はどう使えばいいのか考えて行きたいと思います。

 

 

 

前編はこちらです。前編を読まなくても理解できるように後編を書いたつもりですが、順番通り読むと分かりやすいと思います。

neurohedgehog.hatenablog.com

 

ちなみに記事の内容は以下の論文により詳細にまとめてありますので、興味のある方はそちらもご覧下さい。

https://www.yamanami.tokyo/pdf/jsp/3/1/3_1_01toyoizumi.pdf

 

女性限定公募を考える

女性限定公募は日本では合法

女性に限定して教員を採用するというのは一見すると差別で、男女雇用機会均等法第5条の性別による差別の禁止に違反するようにも取れますが、同法第8条で「事実上生じている男女の格差」がある場合には例外的に女性優先採用が認められています。厚生労働省からは女性割合が4割以下なら格差が存在するという認識が通達されているようです。*1 

しかし違法・違憲スレスレの制度であることに変わりはなく、合法である国がある一方、同等の能力が認められた場合のみ女性優先が発動するイギリスやドイツ、一切禁止のアメリカなど女性限定公募の許されていない国もあります

 

行き過ぎれば女性限定公募は諸刃になる

厚生労働省は女性4割以下なら合法という見解のようですが、前編で書いたように理工系などで言えば博士学生の女性割合はわずか18.1%です。採用プールの女性割合が18.1%なのに女性限定公募で採用者の女性割合を40%にすれば公正公平以前に採用者のクオリティが落ちてしまうことが予想されます。若手男性研究者の減少・海外流失一直線でしょう。私個人の意見ですが、採用プールの女性割合と同じか僅かに上回る程度の女性限定公募でなければ逆に悪影響を与える可能性が高いと思います。

 

女性限定公募の効果は?

現状データを元に女性限定公募の効果を考えてみましょう。前編でお伝えしたように女子生徒の理系苦手意識は中学生から始まるものであり、女性教員割合が一貫して上昇しているのにも関わらず近年の理系女子学生割合の伸び悩んでいる様子を見ると、女性限定公募は博士課程、理系学部にすでにいる女子学生をより多くアカデミアに取り込でいるだけであると考えられます。取り込み率が男子学生に匹敵するレベルまで改善したという点は評価できると思いますが、根本的な理系女子の少なさの解決にはなっていないと私は考えます。ただし、かと言って女性限定公募を中止する必要はないと思います。この辺は最後の改善策まとめでも触れます。

平成30年度の新規採用教員の女性割合34.5%は女性限定公募によるところも大きいでしょう。近年の女性教員割合も一貫して上昇傾向にあります。ただ、女性を採用しているのだから女性割合は上昇して当然でもあるでしょう。最終的には女性限定公募に頼らなくて済むようなシステムが必要ですから、評価すべきは女性限定公募がなくなっても女性割合が減退しないような土台づくりなわけです。そのためにはアカデミアが女性に取って魅力的な職場であることと、理系女子学生の割合増加が必要です。次章では女性割合が劇的に改善されたMITの事例と日本の大学の取り組みを見てみたいと思います。

 

他に大学ではどのような改革がなされているのか

MITは何をしたか

まず参考にしてみたいのはMITの事例です。今でこそ理学部課程で女子生徒の方が多く、女性教員の数も非常に増えたMITですが、昔はそうではありませんでした。1900年代後半ではMITの女性教員の割合は理学系で5%以下、全教員でも10%以下と非常に低迷していました。現在の日本の国立大学の理学部教授の女性割合は6%程度ですからそれより悪かったわけです。Nancy Hopkins教授の声かけから1994年に対策が始まり、10年間で理系学部の女性教員数は倍増し、全体の女性教員割合は23%まで上昇しました

MITが取った対策は次の通りです。

  • 子供が生まれた時には一学期間の授業免除、テニュアクロック一年延長
  • 教員採用委員会に女性教員を含める努力
  • 若手女性教員へのメンタリングの強化
  • 女性軽視対策に学科長、学部長等のシニアレベルの教育
  • 女性学長誕生

MITは女性限定公募というシステムを採用することなく、女性教員割合を大幅に改善させたわけです。*2 これらの取り組みが行われていないのに、女性限定公募というある種の「約束された強制改善」に走っているとするならそれは大学側の努力不足と言えるのではないでしょうか。では日本の大学ではどのような取り組みが行われているのかをみていきましょう。

 

日本の大学における改善策たち

国立大学協会による男女共同参画推進の追跡調査報告書の2018年度、2017年度版を見てみましょう。2018年度時点の全国86校の国立大学の取り組みをまとめると、

  • 大学運営に係る意思決定過程に関する女性の参画拡大:95.3%
  • 採用時・昇進時の女性の優先措置:91.9%
  • ワークライフバランスの改善(育児・介護に適応した勤務時間制度の導入、男性教員の育児休暇の取得促進):100%
  • 学内保育所、保育施設の設置:73.2%
  • 女子学生や女子中高生への応募者増加のための取り組み:88.4%
  • 男女の固定的な性別役割分担解消への取り組み(シンポジウム等):96.5%
  • アンケートやヒアリングによる男女共同参画の取り組みの評価:90.7%

続いて私が良いなと思った具体的な事例を挙げて見ましょう。これらは2018年度、2017年度の女性教員率の改善、増加率が目覚しかった大学から取り上げています。

  • 学長・総長主導の女性限定ポストの確保(JAIST、大阪大学、その他複数)
  • 理系学部志望生拡大のための女子中高生向けの産学連携イベント(大阪大学)
  • 理系女子大学院生を地元高校へ派遣して進路経緯や研究内容について講義する(岐阜大学)
  • ライフイベントで研究時間が確保できない学生を雇用する制度(大阪大学)
  • ライフイベント中の教員の研究室への支援員派遣(福井大学、大阪大学、一橋大学、その他複数)
  • 学会参加時の託児費用を研究費から支出する検討(豊橋技術科学大学)
  • 女子大学院生に向けた育児支援金事業(一橋大学)

ついでに私の進学する東京大学の取り組みを挙げると、

  • 既に複数学内保育園があるが、平成30年度にさらに保育園を新設
  • 出産・育児・介護からの復帰に際してのリスタートアップ研究費支援の開始
  • 女性教員フォローアップ・メンターシステム開始
  • 自宅から通学困難な女子学生に対しての家賃補助
  • 女子中高生向けの進学促進事業

がありました。おや、と思った人も多いかもしれません。何しろ調べていて私が驚きました。 日本の国立大学は他国で効果があったとされる取り組みを既に実施し、女性限定公募の弱点でもある女子中高生に対しての取り組みも行っているのです。まだ規模感が小さいのかもしれませんが、ここまでやってこれっぽっちしか改善していないのかという感じすらあります。

東京大学も頑張ってはいましたが(2017年女性教員増加数2位)*3、この資料を見ていて特に目についたのが大阪大学です。前回調査比較、つまり一年前との比較で女性教員割合を+2.5%(4位)、人数にして85名増やした(2年連続1位)という文句なしの実績でした。施策の数もかなり多く、総長主導で大学全体の取り組みが成果を上げているようです。その他にも名古屋大学や九州大学など成果を上げている大学は確かに存在します。これらの大学でも誰かしら強力にリーダーシップを取る人がいたように思います。*4

 

格差を埋めるためにはどうするか

各大学は女性限定公募を継続し、その他の取り組みを強化する

アカデミアが女性から見て魅力的な職場であるための取り組み、女中高生の理系志望拡大に向けた取り組みは前述の通り多くの大学で行われています。特に成功を収めている大学のケーススタディに則って、取り組みを拡大することが大切でしょう。

取り組みに対して伸び率が非常に緩やかであることからして、女性限定公募で無理やりにでも女性を引き出す方法に頼らざるおえないレベルに日本が根強い社会通念に縛られていることが伺えます。女性限定公募は継続するのが良いと思いますが、現状で博士課程の女性割合と採用教員の女性割合は同程度ですから、女性限定公募はこのバランスを多少はみ出るくらいの範囲で行われるべきでしょう。それよりも問題なのは前編で取り上げた通り、現在男女差の最も出る採用後の昇進です。追跡調査によれば国立大学ではわずか32.8%しか昇任に際して積極的是正措置を取っていないので女性限定昇進を推進する必要があるでしょう。

さらには男女共同参画に関して強力なリーダーシップを発揮する人に権力・権限を与える必要もあると思います。MITにしろ、大阪大学・九州大学にしろ、リーダーシップの取れる人、トップで権限を持つ人が改革に前向きな大学は様々な改革を大規模で行うのに成功しています。女性のリーダーシップ人材を育成すると同時に、権限を持つ人を男女共同参画に協力するよう指導することが必要でしょう。

 

女性小中学校教員支援と科学に触れる機会を増やす

前編でも触れた内閣府の調査報告書にあった「親の文理」はどうしようもないところですが、理系科目の女性教員の割合に関しては、就職支援等で改善を図ることができるかもしれません。報告書では他にも幼少期に科学に触れることが理系科目への得意意識や学習意欲に繋がっている可能性も指摘されています。幼稚園や小学生に向けた科学館・博物館の体験企画等の実施強化はさほど難しくないでしょう。各大学の女子中高生に向けた理系志望拡大イベントや取り組みとも連携していくことが求められていると思います。

 

広報活動に力を入れる

私は実はこれがもっとも重要なのではないかと考えています。追跡調査の感想にも書きましたが、各大学の取り組みを私は知りませんでした。無知なお前が悪いんだと言われればそれまでの話ではありますが、正直これらの取り組みが学生たちに広く認知されているとは思えません。取り組みは広く知られなければ女性参画に関して意味・効果が薄いでしょう。*5

私は常日頃から日本の大学の広報の不十分さを感じていますが、もっと強力にSNSを活用する必要があると思います。フォロワーの多い、発信力のある教授のアカウントを使うのでも良いでしょう。女子中高生向けのセミナー・シンポジウムのYouTube公開などやれることはいくらでもあります。とにかく取り組みを広く学生にまで知ってもらえなければ、じゃあアカデミアに残ろう、博士課程に進学しようとはならないのです。

 

あなたも部外者ではありません

SNSの活用に関しては読者の皆さんも決して部外者ではありません。よく見かけますがTwitterを眺めてもネガティブな意見に溢れてるような状態ではそれを見た中高校生はアカデミアを敬遠する一方でしょう。問題提起をするなという意味ではもちろんありません。しかしネガティブな一面のみを取り上げるのはある種の偏向報道ではないでしょうか?ポジティブな取り組みも数多く存在するわけで、これらもしっかり拡散しアカデミアが改善に前向きであることを見せていくこと、そういった風潮・空気感を作っていくことも重要だと私は考えます。そういうわけなんで手始めにこの記事を拡散しましょう。*6

 

終わりに

格差の是正を考える時には、そもそも格差って埋めなきゃいけないものなのか?という議論がついて回ることになります。もちろん「女だから」という理由で選考で差別されるのは許されることではありません。しかし、男女研究者の数が同数という結果の平等まで求める必要があるのかどうかはしっかり議論され考えられなければいけないと私は思います。これについても思うところはあるので、また別の記事でお話したいと思います。

 

はりねずみ的にまとめると

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参考文献

日本の教育・研究界の男女格差と女性限定公募を考える・前編【数字で見る現状と近年の傾向】 - Neurohog Reports

雇用における男女の均等な機会と待遇の確保のために |厚生労働省

一般社団法人 国立大学協会 <男女共同参画>

 

 

*1:雇用における男女の均等な機会と待遇の確保のために |厚生労働省

*2:もっとも裏では実質的女性限定公募の形をとっていたのかもしれません。

*3:大学が大きいだけだろとかいうのやめなさい

*4:九州大学は学長、名古屋大学は森教授

*5:下手をすれば情報強者、既に強い人が得するような仕組みになりかねません。

*6:え?何か?