Neurohog Reports

日米英で学校を卒業して、それぞれの大学・研究・テニス・海外生活について記事と漫画にしています。

日本の教育・研究界の男女格差と女性限定公募を考える・前編【数字で見る現状と近年の傾向】

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国別男女格差ランキングなどが出ると、決まって日本は先進国の中でも最低クラスの順位を叩き出しています。実力主義であるはずの研究界も例にもれず、研究者の数は不自然なほどの男女差があるのです。前編では男女の格差がどの段階から生まれているのか、近年の傾向はどうなのかを見ていきたいと思います。後編では格差是正に何が必要なのか、女性限定公募は解決策となりうるのかを取り上げたいと思います。

 

 

 

ちなみにですが、この記事の内容はより詳細に以下の論文にまとめてありますので、興味のある方はぜひそちらもご覧ください。

https://www.yamanami.tokyo/pdf/jsp/3/1/3_1_01toyoizumi.pdf

 

前置き

男女格差に関しては各省庁が非常に良くまとめられたデータと調査報告書をいくつも公開しているので、この記事では原則として国、もしくは国立機関が公開しているデータのみを扱いたいと思います。主観的な記事、個人の体験談等は一切考慮していませんのでご了承ください。また研究界と題しましたが、主に理系アカデミアを中心に紹介していきたいと思います。*1 記事はなるべく公正公平な立場・目線から書くことを心がけたつもりですが、認識・数字の誤り等ありましたらコメントでお知らせください。

 

研究、教育界にはどれくらいの男女差があるか

女性研究者の割合はかなり少ない

日本における女性研究者の割合は平成28年度で15.3%と、年々やや増加傾向にあるもののイギリスの37.4%やアメリカの34.3%と比べるとかなり少なめです。最終的に研究者となる人の割合は少ないということですが、その差はいつ生まれているのでしょうか?

 

高校までは差がなく、大学院進学の時点が最も差が大きい

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図1: 研究者までの各段階での女性割合

内閣府の調査*2 を元に、男女の数が世の中だいたい一緒だろというやや大雑把な仮定に基づいて進学者の女性割合を出してみました。高校までは差がなく(なんなら女子の方が多い)、大学で少々差が開きますが、何より大きく差が出るのが大学院進学です。半分程度あった女子比率が3割弱まで減少しています。

昨今の政府・大学の取り組みの影響もあってか、新規大学教員採用者の女性割合は34.5%と大学院進学者の女性割合を上回っています。女性研究者全体の割合である15.3%とかなりギャップがあるように感じるのは、昔の割合がもっと悪かった時代に採用されている研究者群を含むのと、日本では企業研究者の女性割合が非常に低いからです。大学進学者の割合と比較するには新規採用者の割合を考えるのが妥当だと思われるので、図1ではこちらを表記しました。*3

 

女性割合の差は大学院進学で現れるが、学部選択の差も問題

図1を見ると対策すべきは大学院進学の段階に見えますが、実は大学進学時点の学部の選択にも問題があるのです。文部科学省の資料によれば、理学部41.8%・工学部36.4%がそれぞれ大学院進学をするのに対し、人文系11%・教育学部5.1%と文系は大学院進学率が極端に低いことがわかります。*4

そして何を隠そう、人文系や教育系は女子生徒の割合が約6割ある学部なのです。それに対し理系学部では女子生徒の割合は3割を下回り、唯一の例外である看護・薬学系では女子生徒は6割以上ですが、肝心の保健系の大学院進学率は5.1%となっています。つまり女性の大学院進学率が低いのは大学院進学率の低い学部に女子生徒が多く在籍していることも大きいのです。*5

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図2: 理工系の女性割合

理学部・工学部を合算した女性割合を見てみましょう。学部入学の時点ですでに僅か18.1%、そこから上下はあまりなく大学教員採用の段階で17.6%となっています。理工系に関して言えば、大学入学時点で大きな男女差がすでに存在することがわかります。ただし、薬学部のように女性の大学院進学率が非常に落ちる学部もあるので一概には言えず、学部によって傾向が大きく違うとも言えます。*6

 

中学生の時点で意識に大きな差がある

大学でどの学部に進学するかを決めるのは当然高校生の時なので、じゃあ高校生に向けた対策をしようかと思うとそれも実は違うのです。学校基本調査と中高生への意識調査の結果を円グラフにして見てみましょう。*7 

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図3: 中高の理系志望割合と大学の理系進学割合

中学三年生の時点で自分は理系タイプだと答える生徒のうち女子生徒はすでに3割しかいないことがわかります。この割合はおおよそ高三で理系コース選択する生徒の女性割合に反映され、理・工・農・保健学部へ進学する生徒の女性割合は当然これとほぼ変わらない数字になっています。前述の理工学部への進学割合よりもかなり多く見えますが、これは看護学部や農学部、薬学部などは女性の割合が多いためです。

こうなると中学校以前に対策が必要であるように見えます。内閣府の調査報告書では、中二の段階での理系志望率は親の文理や理系科目の教員の性別が影響している可能性を指摘しています。*8 その他にもどれだけ早くから科学に触れているかや、親の子供に求める進学レベル等も影響する可能性があると言えるでしょう。

自分が理系タイプと思わなければ、勉強も楽しく思えないでしょうし、量も減るでしょう。実際に15歳対象の世界学力調査PISAでは男子の数学スコアが女子の数学スコアを上回っています。*9 男女で数学的な処理能力に差がある可能性も否定はできませんが、女性が数学博士号取得者の半数を超える国もありますから根拠の薄い手意識がやがて実力の差となってしまうと考えるのが自然ではないでしょうか。

 

研究職についてからの昇進にも差がある

研究職に採用される割合が博士課程の学生の割合と同程度の3割ですから、普通に行けば教授の女性割合も3割となるはずです。しかし教授の女性割合は自然科学全体でも21.5%、理学系・工学系に至っては6%以下と、明らかに助教や講師として採用された後の昇進に男女に偏りがあることがわかります。*10

平成24年度の男女共同参画学協会連絡会のアンケート調査によれば、女性研究者は指導的地位にいる女性が少ない主だった理由として

  • 家庭と仕事の両立が困難であること(64.1%)
  • 途中離職や休職が多い(52.3%)
  • 業績評価に育児・介護に対する評価がないこと(46.7%)
  • 指導的立場にいる女性の数が少ないこと(50.8%)

をあげています。出産や育児など、どうしてもキャリアに穴の開くイベントが足を引っ張ってしまっているということのようです。個人的には「女性は男性より昇進を望まない」を理由に挙げた女性が24.4%もいたことも気になりました。(ちなみにこれを理由に挙げた男性は12.6%でした。)

 

男女格差の近年の傾向はどうか

女性研究職の数は年々増加傾向にある

文部科学省の学校基本調査を基にしたデータによれば、大学教員の女性割合は平成18年度の17.8%から平成28年度の23.7%にかけて上昇傾向にあります。それ以前のデータから見ても一貫して上昇傾向が見られます。教授職の割合も上昇傾向にありますが、学長・副学長等の役職、特に学長の女性割合は停滞しているようです。

 

理系学部の学生割合の増加は停滞している

平成元年やそれ以前の昭和年代と比べると、かなり改善していますが、近年の傾向を見ると理系学部生の女性割合はほぼ横ばいから微増程度で、近年に関しては伸び悩んでいると言えるでしょう。修士もほぼ横ばいですが、博士課程の女性比率は近年でも上昇傾向にあるようです。しかし、2017年の調査では国立大学の博士課程の女性割合が落ちるなど安定した伸びとは言えないのが現状です。

 

まとめ、そして後編へ

女性研究者の割合が少ないのは複合的な理由があるようです。男女格差について大きくまとめてみると以下のようになるのではないでしょうか。()内に予想される理由を付け加えてあります。

  • 中学生の時点ですでに理数科目に得意意識を持つ人の女性割合が少ない(親の文理、理数科目の女性教員の少なさ、社会通念)
  • 高校への進学率はほぼ同じだが、理系コースを選択する女性は少ない(高校では理系文系に分かれての受験はない、中学からの理系苦手意識)
  • 大学への進学率もほとんど同じではあるが、理系学部に進学する女性の数が少ない(中学から高校まで理系進路を希望する女性の割合が低い)
  • 大学院へ進学する人の女性割合はガクンと落ちる(大学院進学の多い学部に女性が少ない)
  • 研究職に採用される人の女性割合は博士課程に在籍する人の女性割合と同程度であるものの、ポジションが上にいくにつれて女性割合が落ちる(育児等での離職、休職が業績で考慮されないため)

もちろん細かく見ていけば大筋に従わないデータもあります。しかし、研究者の女性の割合が低いのは中学生から教授職まであらゆる段階で様々な理由が複合した結果だという大きなポイントは正しいと考えていいでしょう。

後編では、この格差をどう対処すればいいのか、特に話題の女性限定公募はどう使うべきなのかをこの記事で紹介したデータを踏まえて検討していきたいと思います。

neurohedgehog.hatenablog.com

 

参考文献

第1節 女性の教育・学びの進展 | 内閣府男女共同参画局

平成29年度ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ公募説明会

「女子生徒等の理工系進路選択支援に向けた生徒等の意識に関する調査研究」

第81回中央教育審議会大学分科会大学院部会|文部科学省

大学等の女性教員数|内閣府

中学校・高等学校における理系進路選択に関する研究|国立教育政策研究所

PISA調査結果の概要|国立教育政策研究所

 

 

 

*1:企業研究職は修士課程しか出ていない場合や、どこまでが研究職扱いになっているのかわかりにくいこと、データが少ないこと、単純に記事が長くなりすぎることが理由です。文系は単純に筆者が全く仕組みがわかりません。

*2:参考文献1, 5参照

*3:昇進については差がありますが、詳しくは後述します。

*4:文系の院進率が低いのは別に悪いことではなく、就職先で求められる専門性の違いというだけでしょう。

*5:参考文献4参照

*6:薬学部は四年制と六年制があり、どの資料を見たらちゃんと比較できるのかがよくわからなかったので言及するだけに留めておきます。

*7:参考文献3、6参照

*8:参考文献3参照

*9:参考文献7参照

*10:参考文献2参照